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どんなことするの?

これまでに聞かれた質問は、
「いがく療法士って何?」
って、理学療法士なんだけど…~(・・?))
「すみません。ちのう訓練室はどちらでしょう?」
って、機能訓練室なんだけど…
などなど、
で、一番良く聞かれる質問が
「一体どんなことするの?」
無理もないですよね。
セラピーは、最終的な目標は以前も記したように、”今の自分自身の心とカラダ、そして、社会とのつながりを大切にして、精神的、肉体的、社会的苦しみから解放できるように促してあげること”、ですけど、具体的にと言うと、幅がありすぎてあげ切れませんものね。
色々なセラピーがあって、それぞれのセラピストが居るのもそのためです。
で、セラピストの一人である山口は、じゃぁ、どんなことするの?と言うことになりますが、山口は理学療法士で、特に運動器系の対応を得意としています。その対応の仕方が、自分では極々普通の全く特別ではない対応と思っているんですが、どうも周りからは特別に見えるらしいようです。
たぶん、個別性を大切にしているからかもしれませんね。マニュアルはもちろん大切にしますが、人それぞれの違いがありますからね。
それと、もう一つが、山口が使う手✋の操作かもしれません。
良く、「マッサージですか?」「整体ですか?」って、聞かれますが、
マッサージは、この手技だけで資格制度があります。やり方も、色々あって、軽擦、揉捏、按捏、叩打、圧迫、把握などなど、それはそれは奥が深いんです。
整体も、一括りとして扱われてしまっていますが、それはそれは、いろいろな手技や手法があり、修得するにはとても努力が必要となります。
残念なことに、日本では国家試験制度にはなっていないこともあり、真剣に修得された方々と、そうではない方々の実力差があまりにも大きいようですね。
国家試験制度に合格していたら安心かと言えば、そうでもなく、国家試験に合格したは、単にスタートラインについただけで、その後の努力が大切なんですけどね。
もちろん、同じ理学療法士の中にも徒手療法を専門とされ、マッサージ、整体とは異なり、それぞれの方法で日々努力されている方々がいらっしゃいます。
しかし、いずれにしても、山口はマッサージ、あるいは整体、徒手療法のスペシャリストなんて、絶対言えません。マッサージ、整体関係、徒手療法の方々に失礼です。
ただ、「人の動き」に関しては、一応、スペシャリストの一人であると思っています。「人の動き」は心理的側面だけでも、肉体的側面だけでも不十分。双方の関わり合いを基本にすることが大切です。
心の動きもカラダの動きも、カラダに表れる変化をもたらします。
ですから、カラダに表れた変化から、心の動き、カラダの動きを予測することも、逆に、心とカラダの動きから、目では確認できないカラダ内に起きている状況を推測することもできます。
筋の緊張が確認できても、その理由は多種多様です。
作業による物理的な負担の影響。心理的な緊張。関節の微妙なズレ。運動に際しての危険察知による警告の結果。循環系、内科系の問題。構造上の問題などなど…
それを判別するためにも、手✋の操作が必要で、その操作からまた起きる、心とカラダの動き(変化)から何が必要かを予測しているんです。
だいたい
”ふるふる” ”トントン”
”キュゥ〜”  ”ふわ〜” 
 ってところでしょうか。
言えることは、あまり我慢させると言うことはありません。
対応している間に、寝てしまっている方は多いですけど。
(これも心とカラダの動きなんですよ。)
最適な刺激強度を探しているとも言えるでしょうね。
その強度からまた、どのような影響が疑われるか推察したり…
山口の手✋の操作は、何がいま最も適切か探っている操作
つまりは、カラダと会話しているようなものです。
言葉の会話と同じで、今まで理解してもらえなかったことを理解してもらえたり、理由や、これから何が必要かがおぼろげながらでも分かってきたり、何よりも一人で抱え込んでいたものを一緒になって向き合ってもらえるのはどれほど心強いか…
山口の操作はここからスタートしています。
心とカラダの負担を少なくさせて、今から、少しずつでも良くなってもらえるように
あした元気になれますよ〜に
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素敵な手

先日、セラピーの後
「素敵な手」って、言っていただけました。
素直に、とても嬉しいですね。
カラダはとても素直で、W.ライヒの言葉にもあるように
「心の緊張もカラダの緊張も、筋の鎧となって表れる」
まさに、その通りだと思います。
心の負担、カラダの負担はすぐカラダに表れます。
筋の状態が変化するわけですから、表情、姿勢、仕草にすぐ表れるんですね。
心配かけまいとしたり、人に気づかれまいとすると、それがまた、無理な緊張を生み出したりして、作業では考えられない、まばらな筋の緊張を作ったりするんです。
作業の質や量、つまりどれだけカラダに負担がかかったによって生まれる筋の緊張は、その負荷の大きさに比例した刺激が必要となることが多いんです。なので、プロスポーツの選手には、強めの刺激、一般の方はその負荷量に応じて刺激をコントロールした方がいいことが多いのです。
…が、心理的負担から生じる筋の緊張は全く逆。
心理的負担が強ければ強いほど柔らかい刺激でないと良くないんですよね。
それに心理的な問題について、自分から口にできるようであれば、かなりの部分、自分で解決できていることが多いものです。大抵は一人で抱え込んで誰にも話せずにいることが多いんですよね。
時には、頑張りすぎて心の負担になっていることを無視していたり、「そんなはずない」と意固地になっていたり…
なので、セラピスト山口は、「何かありました?」
と聞くこともありますが、カラダの状態から予測してその方にあったタッチを選び対応しています。
何も聞かず、「カラダが悲鳴をあげていました。」と伝えると
「素敵な手」って、言ってくださり、詳しくは話されませんでしたが、「精神的にクタクタだったんです。」と口にしてくれたんです。
本当に嬉しく感じました。
何も解決していませんが、一瞬でも、何も考えず、何にもとらわれず、今の時間を自分のために使えるのは、とても大切です。
キャノン・バードの言うように「悲しいから泣く」こともあるし、ジェームス・ランゲが言うように「泣くから悲しい」こともあるんです。
どちらから始まったとしても、それがまた逆を引き起こし、好ましくない無限ループに陥ってしまうこともあります。
また、カラダの問題が心理的問題を引き起こしたり、心の問題が姿勢や動きを狂わせて、カラダの問題を引き起こすことも…
だからこそ、カラダの問題にも、心の問題にも、カラダのコンディショニングを整えることも大切なんです。
問題解決の前に、問題に立ち向かう準備をお手伝いするのもセラピーです。
頑張りすぎないでくださいね。
そして、
あした元気になれますよ〜に

痛い

痛みは嫌なものですよね。
でも、「痛い」は心とカラダの危険信号なので、痛みを感じないととんでもないことになってしまいます。
とは言うものの、
ヤッパリ「痛い」は不快で邪魔。
筋肉痛のように、時間と共に消えてくれることが分かっていれば何とかしのげますけど…
この「痛い」は、通常、カラダの中のどこかが壊れたり壊れかけると、痛みを感じさせる物質が出て、それを感知し痛みとして感じるようになります。発痛物質ってヤツですね。
痛み止めの薬の多くは、痛みを感じないようにすることを目的として、壊れた、あるいは壊れかけているところを治しているのでは無いんです。つまり、治しているのでは無く、痛みを治めていると言うことになります。
なので、気をつけなくちゃいけない訳です。
また、「痛い」は、”このままだと壊れちゃうよ。お願いだから、カラダをいたわって”とカラダからの警告であることも。
関節痛には良くあることなのですが、知らず知らずのうちに無理をしていたり、関節の使い方が間違っていることに気づかなかったりしているんです。だから、痛みをおさめるためには、カラダの使い方を治さないとなかなか良くならないんです。ただ、自分では気づけないことが多いんですよね。
さらに、なかなか良くならないと、不安が募ったり、自分のカラダなのに自分のカラダを嫌ってしまったり、心まで疲弊しちゃうものです。
心のストレスは新たな病気を引き起こしたり、「痛い」を強くしてしまったり…よくありません。
痛みがなくなってくれることが一番なのですが、痛みの原因と痛みを引き起こした理由、そして、これからの対処が分かっただけでも、痛みの感じ方は全然違うものです。
それに、不思議なもので、一人で不安を抱えず、解決しなくても人に話を聞いてもらうだけでも心の疲弊度、心への負担は違います。
病気の時に、何もしてくれなくても良い、そばに居てくれるだけでどんなに心強く感じたか、逆にそばに誰もいないことで、どんなに心細く感じたか、誰でも経験してますよね。
セラピストの役割りって、心とカラダの負担を軽くすることでもあると考えてます。
来てくださる方と一緒になって、さっきより今、今日よりあした、少しでも良くなってもらえるように…
あした元気になれますよ〜に

治癒

「治癒」
セラピーにはこの「治癒」と言う言葉は二つの解釈が必要となるなんですよね。
一つは勿論、元の状態に戻る。治し癒すと言う意味
もう一つは、元の状態にはならないけど、苦にはならない。治め癒すと言う意味
もともと「癒す」と言う言葉は、精神的、肉体的、社会的苦しみからの解放なのだそうです。
ベストの状態に固執するのでもなく、もう変わらないと諦めるのでもなく、今の現状にしっかり目を向け受け入れ、今のベストを探すことが大切なんですよね。
なので、セラピーは与えるだけのもではなく、一緒になって取り組んでゆくものでもあるんです。
勿論、治り癒せることを望みつつです。
あした元気になれますよ〜に

ゆたしくぅ(よろしく)

ついに、セラピスト山口もブログを始めることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。

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