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期待と希望

医療の世界は”絶対”と言う言葉は、なかなか使えないんですよね。
100%必ず期待する結果になるか?となると、科学が進歩したとは言え、なかなか言えるものではないんです。
では、ある程度で諦める?
”諦める”…嫌な言葉ですね。
この”諦める”は、心の痛みなんですよね。
カラダの痛みがあるように、心の痛みも大切に扱わなくてはいけませんよね。
心の痛みは
一つ目は、自分自身の時間を失う痛み(時間存在の損失)
:将来の夢や希望、そして目標が失われてしまう苦しみ。
二つ目は、自分自身での決定権を失う痛み(自律存在の損失)
:自分自身の思いや意向が受け入れられることがなく、すべてが周りによって決められてしまうような苦しみ。
そして、三つ目は、独りぼっちになってしまう痛み(関係存在の損失)
:社会とのつながりや、家族・知人が居なくなってしまう苦しみ。
と言われています。

”もう無理でしょ?”
”自分ではどうしようもないでしょ”
”誰も助けてくれないよ”
そうなんです。”諦める”は、心の痛みそのものなんです。
「諦めないで」って言うのは簡単ですけど、ある意味無責任になりやすいですよね。
心からそう思って、一生懸命その思いを伝えていても、相手にどう伝わるかも問題ですものね。当事者でないと、本当のところその苦しみは分からないですし…
自分もセラピストになって間もなくから、ずっと考え、悩んでいました。どうしたらいいんだろうって、どう思いを伝えたらいいのかって…
そんな時、ある施設で患者さんとのやり取りを聞いた時、衝撃を受け、大げさでなく、しばらく肌が粟立ち、おさまらなかったことを今でも覚えています。
かなり前になりますが、学会に参加するため英国に立ち寄り、とある施設を見学させて頂いた時のことです。
そこは、入院生活を含め、ありとあらゆることのマネージメントをする方をキーパーソンと呼び、看護師の方が数ヶ月交代で看護業務は行わず、課題を解決するべくキーパーソンとして患者さんの対応をしていました。
幸運にも、入所したばかりの患者さんへの対応を見学させていただけ、やり取りの一部始終を見させて頂けました。
患者さんは、交通事故、それも相手の過失で、ご本人に非は全くない事故だったようです。しかし、脊髄を損傷され下半身の自由が全く効かないカラダになってしまい、検査の結果、元に戻ることはないと診断されました。
入所して2週間、「もとのカラダに戻してくれ。元のカラダに戻れるんだったら、何でもやる。元のカラダにもどるためでないなら、絶対やらない」と言い張り、時間だけが過ぎていたそうです。
その方に、担当のキーパーソンは予想もしなかった言葉をかけたんです。

「元のカラダに戻りたいと言う思い、希望はどうぞお持ち下さい。
今、この瞬間も、あなたのような境遇の方を元のカラダに戻してあげたいと、研究に打ち込んでいる方々が世界中に沢山います。
いつの日か、素晴らしい治療法が確立されるかもしれません。
ですから、私には、元のカラダには戻らないなどと言える資格も、そんな権利もありません。
その思い、希望は大切にお持ち下さい。
ただ、残念ながら、現代の医療では、元のカラダに戻すことは不可能なんです。
あなたは、この施設で過ごすことのできる期間が決められてしまっています。今のまま時間だけが過ぎてしまい、ここを去る時に、このまま何も変わらない、そんなあなたの姿を、私は見たくないんです。
どうでしょう。元のカラダに戻りたいと言う思い、希望は大切にしながら、今、できることを少しずつ増やして行きませんか。」
こう話しかけたのです。少し時間が過ぎ、その患者さんは、「このカラダで何かできることがあるの?」と聞き返しました。
それを聞き、キーパーソンの方は、にっこり微笑み、「その質問に答えてくれる専門家を集めます。直接にお聞きになりませんか?」
と告げ後日、本人を含めたカンファレンスの日を決めていました。

素敵ですね。
希望は、希な望み
期待の”期”は約束と言う意味があるそうです。
つまり、期待とは、約束を待つと言うことなんです。
一つ目の心の痛み、”夢や希望を失わせたくない”を、みごとに踏まえた言葉で、「諦めないで」って、その思いを伝え、同時に、約束はできないことを、しっかりと明言し、伝えていますよね。
約束が果たされなければ、期待が裏切られれば失望につながります。
それも踏まえての言葉です。
「現実を受け入れてください」と言う思いも、頭ごなしの命令ではないですよね。
そして、自ら「何ができるの?」と、言葉を引き出したことにより、二つ目の心の痛み、”自分自身の意向や思いを失わせたくない”を、みごとにおさえています。
さらに、三つ目の心の痛み、”独りぼっちじゃないよ”に対しては、「このまま何も変わらないあなた姿を、私は見たくないんです。」に現れていますよね。
つい「あなたの問題でしょ。自分がやらなくちゃ何も変わらないんだよ。頑張らなくちゃ。」なんて出てしまいます。変わって欲しいと言う思いは一緒なんですけど…
キーパーソンの方は、「私は…」と言葉にして、当事者ではないから、本当の苦しみは理解できないけど、でも、あなた一人ではなく、自分も一緒に向かい合おうとしています。つまり、”一人じゃないよ”を含んだ言葉なんですよね。
”諦める”じゃなくて、”今を受け入れる”と言うのは、とても難しいこと。でも、受け入れることがなかなか出来なくても、向き合うことができると、自分の心とカラダを大切にできるようになるんですよね。
満足かと言うと、満足ではない。でも、今の時間と、これからの時間を大切にできるし、自分の周り、周りとのつながりも大切にできる。そして、何より自分で作ってしまっていた苦しみからは開放されるんですよね。
そのためにも、希望は大切なんです。
苦しみの根源が改善できれば一番ですが、あまりにも固執し過ぎてしまうと、せっかくの大切な時間を奪ってしまうことにもなりかねません。
時間泥棒にはなりたくないですね。
だからこそ、期待させるわけにはいきませんが、希望だけは失って欲しくないんです。
セラピーは、正しいことを言えばそれでいいと言うものではありません。従わせることだけではないんですよね。
自分の中の葛藤を自分で治めるためのお手伝いも大切な役割。
そして、今、これからの時間を大切にしてもらえますように。
明日、元気になれますよ〜に

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コメント

感謝

素敵なお話に場違いなコメントかと思いながら、でもお伝えしたかった…「そこに居てくれるだけで安心!」先生はそんな存在です。チャーミングでユーモラスでお茶目、女性的で中性的で実は男っぽいのか?沢山の勉強、努力、もしかしたら苦悩、の中で培われた高潔な人格とセラピーに支えて頂き、一人置き去りにされることのない安心をいつも背中で実感。頂くばかりの私は、せめて心がけてあらゆる事柄・人との出会いに感謝の気持ちを忘れず居ようと思います。
先生は「人間 山口光國」のスペシャリストです。

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